ホノルルのダウンタウンで、アロハシャツの誕生に思いを馳せる

ホノルルのダウンタウンで、アロハシャツの誕生に思いを馳せる
世界中の人々に愛されて続けているアロハシャツ。

1950年代までに作られたヴィンテージアロハといわれる年代ものの貴重なアロハシャツの中に、竹や鶴や鯉などの和柄シャツがあるのはなぜなのでしょう。アロハシャツの誕生には、実は、1900年代の初めにハワイに渡った日本人たちが大きく関わっていたのでした。

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サトウキビ畑で働く日本人移民とパラカ

日本では19世紀の終わり頃から、ハワイのサトウキビ畑や製糖工場で働く「官公移民」の大募集が行われ、多くの人々が南の楽園を夢見て海を渡りました。ところが、ハワイの土を踏んだ移民たちは、来る日も来る日も炎天下のサトウキビ畑で重労働を強いられ、その実態はほとんど奴隷に近かったといいます。彼らは家族や同郷の仲間たちと励まし合い、ふるさとの歌を歌いながら過酷な労働を耐えしのいだのでした。

同じ頃、ハワイではヨーロッパからの船乗りたちが着ていた「パラカ」と呼ばれる綿製の衿付きシャツが、カウボーイや農園労働者の作業着として流行していました。パラカは常夏の島では涼しく耐久性にも優れていたため、日本人移民たちもまた、着古した着物や浴衣などをパラカのようなシャツに作り直し、子供に着せたり労働着にしていたのです。

ホノルルで初めて注文アロハを作った日本人

日本からの移民の中には、ハワイで仕立屋を始めた者もいました。そのひとりが1904年にホノルルのノースキング330番地(08年頃に179番地に移転)に、オーダーメイドシャツの店を開いた宮本長太郎です。彼の店は出身地の東京の旧国名から「ムサシヤ」と名付けられました。長太郎の長男の孝一郎は日本の学校に通っていましたが、父が他界するとハワイに呼び戻され店を継ぎました。そして20年頃からは新聞に広告を出し、店の名もアメリカ人に分かりやすいように「ムサシヤ・ザ・シャツメーカー」という通称を使い、ホノルル中に知れ渡る有名なシャツ屋となったのです。

一方、この頃、ハワイの大学生たちの間で、白地に黒や青の竹と幾何学模様のシャツ(浴衣の生地で作ったと思われる)が評判になっていました。またプナホウ高校では花柄のシャツが人気となり、ムサシヤの孝一郎が、ハイスクールの生徒から注文を受けてシャツを作り、評判になったという話も残されています。

孝一郎の妻ドロレスは1933年ごろ、孝一郎が常連客から注文を受けて浴衣生地でアロハシャツを作ったことから、彼こそがオーダーアロハを作った初めての人物と信じていました。彼の店には、ハワイに観光に来たハリウッドスターのジョン・バリモアが店頭に吊るしてあった着物を指さし、「これでシャツを作ってくれ」と注文したというエピソードも残されているのです。

アロハシャツを商標登録した中国系アメリカ人

着古した着物や浴衣でシャツを作り、サトウキビ畑の労働着にした日本人移民たち。そして、ホノルルで仕立屋を継ぎ、ムサシヤ・ザ・シャツメーカーを開店した宮本孝一郎。さらにハワイの学校で、評判を呼び始めた和柄や花柄のシャツ。ここに満を持して登場したのが、中国系アメリカ人のエラリー・チャンでした。彼はホノルルで服や生地を扱う雑貨店を営んでいましたが、旅行客の土産に派手なシャツを売ることを思い付き、1934年、ムサシヤに花柄のシャツを作らせ「アロハシャツ」という名を付けて売り出したのです。

エラリー・チャンは後に、「信頼できるハワイ産の生地がなかったので、華やかな日本の着物生地を購入し、これでシャツを作り売った。とても売れ行きが良かった」と語っています。

アロハシャツはこうして誕生しました。その翌年、ムサシヤ・ザ・シャツメーカーを買い取った輸入商社の藤井順一商店(ムサシヤショーテンリミテッド)は、史上初めて「アロハシャツ」の名を使った広告を打ち、着物生地製の既成シャツを売り出します。ところが翌年の1936年、エラリー・チャンが「アロハシャツ」の名を商標登録したことにより、以後20年間の独占利用が認められることになったのです。

着物柄からハワイ柄へ、アロハシャツの転身

1935年に、パンナムの小型水上飛行機がアメリカ本土から就航したため、ハワイ土産として「アロハシャツ」は飛ぶように売れました。この頃、アロハシャツを作っていたのは、日系人や中国人が営む町の仕立屋。彼らは同じく日系人経営の生地問屋から、本来は着物用の狭幅のレーヨンの壁ちりめんなどを買い、それでシャツを作っていたのでした。この時期のハリウッドスターたちが、和柄アロハを着てポーズを取っている写真をよく目にしますが、その裏には初期のアロハシャツ製造の、こんな事情があったのです。
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1938年になると、アロハシャツにはやっと、ハワイの花やサーファー、フラガール、カヌー、ヤシなどのハワイ柄が登場し、また町の仕立屋から工場生産へと移行してカハラやカメハメハ、ロイヤルハワイアンなどの現在に引き継がれる大御所メーカーが生まれたのでした。

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ホノルルを訪れると、いま話題のブランドショップや何十年も続くヴィンテージアロハのショップで、数え切れないほどの様々なアロハシャツと出会います。その一枚、一枚の誕生の裏に、遠い昔、海を渡った私たちの祖先の汗と涙の努力があったことを思うと、シャツを抱きしめたくなるような熱いものがこみあげてくるのです。

 

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