アポロ11号の月面着陸映像を受信したオーストラリアのパークス天文台

アポロ11号の月面着陸映像を受信したオーストラリアのパークス天文台

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」。人類初の月面着陸を成功させたアームストロングの言葉は非常に有名です。 しかし、この言葉と映像を地球側で受信していたのが、オーストラリアの小さな田舎町、パークスの天文台だったことをご存知でしょうか? ほかの追跡基地をバックアップするための、いわば補欠受信地だったパークス天文台。打ち上げ間際の変更から、一世一代の大仕事に挑戦することになりました。この時の出来事を元に、2000年に『The Dish(月のひつじ)』という映画が製作されています。

アポロ11号計画でのパークス天文台の任務

オーストラリア連邦科学産業研究機構(以下、CSIRO)が発表している『On Eagle’s Wings: The Parkes Observatory’s Support of the Apollo 11 Mission』によれば、アポロ11号の初めの任務計画では、カリフォルニア州のゴールドストーン基地が、月面歩行の第一追跡基地とされていました。そして、オーストラリアのキャンベラ近郊、ハニーサックルクリークにある基地が司令船コロンビア号を追跡することになっていました。パークス天文台の任務は、月面歩行の間、NASAの2つの追跡基地(ゴールドストーンと、オーストラリアのティドビンビラ)をバックアップすることでした。

ところが、アポロ11号打ち上げのおよそ2ヶ月前、計画に変更が加えられます。月での船外活動を始める前に、宇宙飛行士に休息時間をとらせることになりました。この変更により、船外活動の開始時間が遅れたため、ゴールドストーン基地からは、月からの信号をうまく受信することができなくなりました。そこで、船外活動の予定時間に信号を受信するのに最適な位置となる、パークス天文台に白羽の矢が立てられたのです。

月面着陸当日

CSIROのレポートからは、月面着陸当日のドラマが伺えます。1969年7月21日、宇宙飛行士ニール・アームストロングとエドウィン(バズ)・オールドリンは、オーストラリア時間の午前6時17分、予定より数時間早く、静かの海に月着陸船イーグルを着陸させました。パークスから信号を受信できる高さまで月が昇るには、まだ7時間ありました。予定では、船外活動をする前に休息時間をとるはずでしたが、アームストロングは直ちに船外活動をすることを選びます。そのため、パークス天文台で月からの信号を受信することは不可能かと思われました。しかし、宇宙飛行士達が宇宙服を着るのに手間取ったり、月着陸船の船内の減圧に時間がかかったりしたことで、船外活動を始めた時には、パークスに月が昇り始めていました。

これで月からの信号を受信できると思った矢先、次のトラブルに見舞われます。パークスの電波望遠鏡に、時速110kmの風が吹き付けていました。風の勢いで制御室が震えます。大きな皿状の望遠鏡は、風を受けて後ろに倒れそうになります。安全面での限界を超えていましたが任務は遂行されました。幸い、風は衰えを見せ、バズ・オールドリンがテレビカメラを稼動させた時には、ちょうどパークス天文台が信号を受信できる位置まで、月が昇っていました。こうして、パークス天文台の電波望遠鏡が月からの信号を受信し、歴史的瞬間の映像と音声が世界中に送られました。

現在のパークス天文台

1961年に建てられたパークス天文台は、基本的な構造だけを残して、最新の電波望遠鏡として機能するようアップグレードされています。特に、パルサー(大きな星が崩壊した残り)の観測に力を入れており、世界中の電波望遠鏡によって発見されたパルサーの数を全部合わせても、パークス天文台で発見されたパルサーの数には敵わないそうです。

パークス天文台への道のり

ニューサウスウェールズ州にあるパークス天文台は、シドニーから車で約5時間の場所にあります。その道中には、過酷な耐久カーレース「バサースト1000」で有名なバサースト、景色が美しい田舎町のオレンジがあります。オレンジに宿泊して街並みやワイナリーを楽しんでから、翌日パークス天文台まで(オレンジから、車で約1時間半)足を伸ばすのも良いでしょう。

公共交通機関を使う場合は、週1本、シドニーのセントラル駅とパークス駅の間を走る、乗り換えなしのOutback XPlorer Trainが運行されています。所要時間は約6時間半です。さらに、パークス天文台は、パークスの町の中心から車で30分~40分ほど離れていますので、タクシーの手配が必要です。