「エジプトはナイルの賜物」と言われるように、古代エジプトの壮大な文明と国家の繁栄は、毎年氾濫を起こしたナイル川が運ぶ肥えた土のおかげといわれています。紀元前9,000年ごろから農耕が始まったエジプトでは、水害から作物を守るために天文観測を行い、天文学、測量術、幾何学が発達したのです。

今回はそのナイル川流域に築かれた天文学的規模の巨大遺跡群から、イスラム王朝時代の聖なる遺産まで、絶対に見逃せないエジプトの世界遺産をご紹介します!

ラクダとターバンを忘れずに!? メンフィスとその墓地遺跡、カイロ歴史地区

メンフィスとその墓地遺跡

メンフィスとその墓地遺跡

砂漠にピラミッドが並び、スフィンクスが横たわる。ピラミッド地帯である「メンフィスとその墓地遺跡」にはエジプトを象徴する景色があります。

首都カイロからナイル川を挟んで約20キロ西南にあるメンフィスはエジプト古王国時代の首都でした。ギザの三大ピラミッドなど80余りのピラミッドが残されていますが、高さ146メートルのクフ王のものが最大で、紀元前2,540年頃に20年以上かけて建築されたと考えられています。

カイロ歴史地区

カイロ歴史地区

アフリカ最大の都市、エジプトの首都カイロ。ナイル川対岸、ギザのピラミッドが有名ですが、旧市街「カイロ歴史地区」にはイスラム王朝時代の歴史的建造物が集中しています。街の至るところに建てられた壮麗なモスクには「ミナレット」と呼ばれる礼拝時刻を告げる為の塔がそびえ立ち、それぞれが特徴的。その数は1,000を超えるといわれています。

南側の丘の上には、イスラムの英雄サラディンが十字軍の侵攻からカイロを守るために築いた巨大な城塞跡「シタデル」があり、城内からはカイロ市内を一望することができます。

遺跡まるごとお引越し?「人類の宝」を守るきっかけをつくった、ヌビア遺跡

ヌビア遺跡

エジプト南部からスーダン北部にかけてのナイル川流域にある「ヌビア遺跡」。

60年代のアスワン・ハイダム建設計画によりナイルの川岸に立つ神殿が水没の危機にさらされました。3300年以上も前に岩山をくりぬいてつくった巨大な「アブ・シンベル神殿」をはじめ、貴重な遺跡群をなんとか救わなければ!とユネスコの呼びかけで国際的な救済活動が始まりました。アブ・シンベル神殿は手作業で正確に分割され、4年後、64メートル上の丘へ無事に移築されました。それから14年の歳月を経て「フィラエ神殿」など20件以上の遺跡が他の場所に移され、ヌビア遺跡群の救済は無事終了。

そして、この救済プロジェクトの経験から「人類共通の遺産」という世界遺産条約の基本的な考え方が広がり、1972年「世界遺産条約」の採択へとつながりました。

ツタンカーメンの謎を解き明かす。数千年の時をこえて、古代都市テーベ

テーベ

紀元前20世紀後半から千年にわたり首都として繁栄した「テーベ」。カイロから約730キロに位置する現在のルクソールの旧称です。「ハトシェプスト女王葬祭殿」、「カルナックの神殿」、「ルクソール神殿」など多数の遺跡があります。

中でも64の墓が集中する「王家の谷」は特に有名。1922年イギリスの考古学者ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見。唯一未盗掘だったことから、黄金のマスクや財宝が数多く残されていました。副葬品の大半は現在、カイロにあるエジプト考古学博物館に収蔵され一般公開されています。ミイラは最新の技術でDNA解析され、王家にまつわる事実が明らかにされつつあります。それはまるで古代に生きたファラオ達がよみがえり、現代の私たちへ何かを問いかけているようです。

信仰を超えて祈りを捧げる。三大宗教の聖地、聖カトリーナ修道院

聖カトリーナ修道院

エジプト北東部のシナイ半島は、モーセがこの地で「十戒」を受け取ったという伝説が残っています。

アラビア語で『モーセの山』を意味するシナイ山の麓に、紀元前6世紀に建てられた小さな修道院があります。この「聖カトリーナ修道院」は、荒涼とした自然環境のなかで現存する世界最古のギリシャ正教修道院です。モーセが目撃したという、いつまでたっても燃え尽きない『燃える柴』の周辺に聖堂が築かれ、この地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒の三大宗教の聖地とされました。今もなお20人ほどの修道士たちが厳しい共同生活を送っています。

エジプトの世界遺産一覧

エジプトで人気の世界遺産

  1. カイロ歴史地区
  2. メンフィスとその墓地遺跡(ギザのピラミッド)
  3. テーベ
  4. 聖カトリーナ修道院
  5. ヌビア遺跡

エジプトの他の世界遺産

  • アブメナ
  • クジラの谷