スペイン、アンダルシア地方の地中海を見おろす山間には、かつてイスラムの人々が住んでいた白い村が点在しています。なかには1日に1本しかバスが通らないような不便な村もありますが、頂上から村を一望すると、心が洗われるような美しい風景が広がります。

スペインで一番美しい村、フリヒリアナの白壁の町並み

コスタ・デル・ソルの中心地、マラガからバスで1時間20分ほど登ったところにあるフリヒリアナ。1982年にスペイン政府主催のコンクールで「スペインで一番美しい村」に選ばれたことがうなずけるように、村のどこを見ても絵のように美しい白い村です。

バス停と観光案内所のある広場から石畳を歩き始めると、両側をスペインタイルの絵皿を飾った土産物屋が軒を連ねる坂道や、バルコニーに鮮やかな花々を飾った白壁の町並みがどこまでも続きます。石畳には不思議な形のモザイク模様が描かれ、家々のドアはミントグリーンや青空と同じブルーに塗られて、まるでおとぎの国に迷い込んだよう。

そんな街並みを歩いていると、ドアや窓を開け放した家が目につきます。現地の方に尋ねてみると、美しく飾ったパティオ(中庭)やきれいに片づけられた家の中を見て欲しいために、そうしているのだとか。

こうしたスペイン、アンダルシアの白い村は、実は、レコンキスタ(8世紀から15世紀末までのキリスト教徒によるイベリア半島の再征服活動)の後に、イスラム教からキリスト教に改宗させられたモリスコたちがひっそりと住んでいた場所なのです。この美しい村フリヒリアナにも、坂道の途中の白壁にはモリスコの反乱の様子を描いたタイルがはめ込まれており、彼らの惜念が伝わってくるようです。

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スペイン、アンダルシアのシーザーゆかりの村、カサレス

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ジブラルタル海峡近くの漁村、エステポナからバスで45分ほど登ったところにあるのは、カサレスという白い村。コスタ・デル・ソルのみならず、ジブラルタル海峡まで見渡せる雄大な景色に惹かれて、近年、外国人永住者も増えているといいます。

カサレスという地名は、古代ローマの英雄ジュリアス・シーザーが、紀元前61年にこの地の「ラ・エディオンダ」という硫黄泉で肝臓病を治したことに由来しています。シーザーのラテン読みがカサレス、つまり村の名はシーザーそのものなのです。村の背後の高い丘の上には、シーザーの時代に作られたという砦跡が残されています。この砦はカサレスで起きたモリスコの反乱や、ナポレオンのスペイン侵略の際にも、抵抗の拠点となった場所でした。砦跡に登ると、きっとシーザーも眺めたであろう、歴史に彩られた勇壮な村の姿を一望することができます。

白壁の町並みを迷路が巡る、国境という名の白い村

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ジブラルタル海峡の西側の美しいバルバーデの海岸からバスで30分ほど登った所にあるのが、ベヘール・デ・ラ・フロンテーラの白い村。スペイン、アンダルシアには地名の後ろ部分に「デ・ラ・フロンテーラ」とつく村がたくさんありますが、これは「国境」という意味。こうした村々が、かつてイスラム教国と、キリスト教国の境界にあったことを物語っているのです。

旧市街には、城壁に沿って細く曲がりくねった小道が迷路のように続いています。ブーゲンビリアやペニチュアで彩られた白い壁の家々の間を上り下りしながら、4つの物見の塔とアーチを通り抜けると、城跡とモスク跡に建てられた教会に辿り着きます。ここが頂上です。

ベヘール・デ・ラ・フロンテーラは、スペインの白い村のなかでも特にアラブ色が強く、かつて女性はイスラム教徒のようにコビハーダという頭からかぶる黒装束で顔を隠さないと外を歩けなかったとか。

いまも街角の白い壁には黒装束の女性の絵が描かれています。

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スペイン、アンダルシア地方の山間には、このほかにも観光色の強い賑やかなミハスや、絶壁の上に町が浮かぶアルコス・デ・ラ・フロンテーラなど、有名ではないけれど心に残る美しい白い村がたくさんあります。

海岸沿いの町から、バスでのんびりと白い村巡りをしてみてはいかがでしょう。