メキシコ・シティはかつて湖だった!? ソチミルコで水上都市の歴史と意外なオーガニック食材に出会う

メキシコ・シティはかつて湖だった!? ソチミルコで水上都市の歴史と意外なオーガニック食材に出会う

「メキシコ・シティは、アステカ人がやって来るまでは湖だった」と聞いて驚く人がほとんどではないでしょうか。今日のメキシコ・シティは、都市圏人口が2000万人を越え、ムンバイやニューヨークと肩を並べる大都会。今もメキシコ・シティの中心地であり、アステカ帝国の時代には神殿が立ち並んでいたというソカロ(中央広場)には多くの人が行き来し、かつて湖の底だったとは、にわかには信じ難い話ですね。今回はメキシコ・シティの歴史をとどめるソチミルコを訪ねてみました。

 

メキシコ・シティの中心、ソカロ(広場)の下にはでアステカの都が眠る

メキシコ・シティの標高は2250m。富士山の5合目が2305mということを考えるとその標高に驚くでしょう。こんな標高のメキシコ中央高原に、南北が65kmもある大きな湖が広がっていたとなんて、信じられますか?テスココ湖というその巨大な湖は、13世紀末にこの地にやってきたアステカ人によって干拓され、テノチティトランという都が築かれました。これが、アステカ王国の首都であり、メキシコ・シティの原型です。その後16世紀にやってきたスペイン人は、この都を破壊し、現在のスペイン的な街並みのメキシコ・シティに変貌させました。

テンプロ・マヨール

アステカの都がメキシコ・シティの地下に眠っていることが分かったのは、1978年こと。ソカロの地下工事の際、アステカ神殿の遺構が発見されたというニュースは世界中を駆け巡りました。今は、ソカロからカセドラルの裏手すぐに、テンプロ・マヨールという遺跡や出土品を見ることができます。

テンプロ・マヨール
住所:Seminario 8, Centro Histórico, Cuauhtémoc, 06060 Ciudad de México, CDMX,

湖上都市だったアステカ時代を思わせるソチミルコの運河で優雅な船遊び

現在のメキシコ・シィを歩いていると、かつての湖上都市の面影は感じられません。しかし、メキシコ・シティから南へ約30kmのところにあり、世界遺産にも指定しされているソチミルコには、今もそんなアステカ時代からの湖の一部が運河として残っています。

この運河には「トラヒネラ」というカラフルな小船がベネチアのゴンドラよろしく行き来しています。船に乗っていると飲み物や食事、お土産を売る船、時にはマリアッチを聞かせる楽団の船が来ることも。

「トラヒネラ」というカラフルな小船

さて、ソチミルコは“花畑のある土地”という意味。全長180kmもあるという運河には、柳の一種である木の根を張り巡らしてできた人工島があり、チナンパと呼ばれる農地になっています。湖上といえど意外に広く、花や作物だけでなく、牛が飼われていることも。その間をトラヒネラはゆっくりと進んで行きます。

ソチミルコ

ソチミルコの遊覧には、1~5時間までのいくつかのルートがあり、観光でよく利用するのは1時間コース。もし時間があるならロングコースを体験してみるのもおすすめです。観光地化されていない自然保護区のルートには、古い人形を集めて作られた不気味な「人形島」を訪ねることもできます。

人形島

湖上の農地チナンパにはアステカ時代からのオーガニック農園まで

さて、湖上の農園、チナンパは、ミネラルを豊富に含む湖の底の土を盛り上げて作られていて、水にも恵まれているので、農薬や肥料を与えなくても作物が実ります。メキシコで好んで食べられるウチワサボテンもこの通り、大きく肉厚。

ウチワサボテン

農園の中には、アステカ時代からのこの伝統的な農法を守り続けているものも。この伝統的かつオーガニックな農法の畑を生かし継承するため、若い人たちが、メキシコ・シティにある意識の高いレストランに農作物を卸しています。

もしこの農作物が味わいたければ、コヨアカン地区にあるカフェ「Café Ruta de la Seda」へ。このカフェは、扱う食材の80%以上がオーガニック食材というオーガニックパティスリー。メキシコ・シティでも近年急速にオーガニックに対する関心が高まっているのです。

観光客だけでなく地元の人も楽しむソチミルコの遊覧ですが、そこにある伝統の農地は、13世紀のアステカ時代からのもの。そんな悠久の時を感じながら、川遊びを楽しんでみてはどうでしょうか。

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