タイでメディテーションの修行へ。 竹林繁るアシュラムで過ごした20日間
タイには、普通の寺の他に、比丘(びく、出家僧)たちが集まって瞑想の日々を送るアシュラムと呼ばれる修行寺があります。そこでは、在家の一般の人々も数日間から数ヶ月に渡り社会生活を中断し、瞑想の修行に励むことができます。小学校では修学旅行ならぬ“修行”旅行があるというほどの仏教大国、タイの山寺にて、現地の人々に混じって修行した20日間のルポルタージュです。
蓮の花咲く山寺にて
バンコクの北バスターミナルから長距離バスに揺られること約5時間。さらに、サムロー(三輪車タクシー)、ソンテオ(トラック型の乗り合いタクシー)を乗り継ぎ、砂埃にまみれてほぼ半日、ようやくタイ王国のほぼ中央に位置するそのアシュラムに到着しました。
巨大なゲートをくぐり、尼さんに訪問の意を遂げ受付へ。ここで名前などを簡単に記入し、毛布やゴザ(!)、まくら、懐中電灯などの貸し出しを受けます。私は小さな一人用のバンガローを割り当てられました(男性は寄宿舎を割り当てられることが多いようです)。案内の尼さんの白衣に包まれた背中を見ながら、蓮の花が咲く大きな池の吊り橋を渡り終えたら、いよいよ修行の日々のスタートです。
夜明け前の読経
早朝5時頃、広大な敷地を重いドラの音が響き渡ったら、朝の読経の合図です。文字通り、漆黒の闇の中、到着時に借り受けた懐中電灯の小さな明かりだけを頼りに山道を歩いて行くと、やがて大きなお堂に向けて人々が集まっていくのが見えてきます。
朝の読経は、壇上に並ぶ比丘たちに向かって、在家が向き合って座り、三度頭を垂れるところから始まります。タイのお経は、日本のそれとはまるで違う、タイ語独特の柔らかな優しい音色で詠われます。さらにその日の説法を聞き、再び三度頭を下げて、1時間ほどで朝の儀式は終わります。
近所の村に托鉢へ
このあとは、托鉢に出ます。
近所の村々を比丘たちがまわり、その日一日の施しを受けるのです。比丘たちは彼らの唯一の所持品である三衣一鉢(さんえいっぱち)の一つ、スイカ大の鉢を首からさげ、村人たちがその日の彼ら自身がとる食事の一部をその鉢にわけ施し、比丘たちは彼らに祝福の経をあげます。
お布施の食料は、蒸したてのもち米、湯気をあげるおかず、果物、スナック菓子まで様々。これを皆で分けて、朝食にいただきます。とはいえ、托鉢だけでは滞在者全員分の量には足りないらしく、アシュラムで調理された料理もこれに加わります。毎朝、意外にも豪勢な食事が振る舞われていました。ただし、アシュラムの食事は朝のこの1回限りです。また食事中は黙って食すことのみに集中します。
photo by nanatanabe
タイは、スリランカやミャンマーと同じく、テーラワーダ仏教と呼ばれる初期仏教の国です。スッタニパーダ、ダンマパダなどの原始仏典を重視し、ブッダの教えを最も忠実に実行していると言われています(少なくとも彼らはそう信じています)。例えば、テーラワーダは戒律にとても厳しく、比丘は女性に触れることができません。なにかを渡すときには、一度、比丘が床などにそれを置き、女性信者は三回拝んでから、床経由で物を受け取ります。
「今ここ」に気づくための瞑想
朝食が終われば、あとは夕方の読経まで、いよいよメディテーションの時間です。このアシュラムでは各々の修行者が広大な敷地のどこかに散らばり、それぞれの修行に励んでいました。敷地内には細い竹林が繁茂し、赤土の道を行くとどこからともなく糞掃衣(ふんぞうえ)と呼ばれる黄土色の衣に身を包んだ修行僧の姿が現れます。彼らはこの山のどこかに二畳一間の小さな小屋を建てて住んでいるのです。まるで方丈記そのまま、在りし日の竹林精舎かくたりといった隔世の空間が、ひと山いっぱいに広がっているのでした。
テーラワーダの修行ではヴィッパサナー瞑想と呼ばれる、日本ではあまり馴染みのない瞑想が行われます。英語ではウォーキング・メディテーションと呼ばれ、50mほどの間隔を行ったり来たりしながら、足裏に感じる地面の感触を通じて、過去でも未来でもない、「今ここ」の瞬間の気づきを求めます。マインドフルネスなどとも呼ばれる、悟りの一つの境地です。
瞑想の練習場やお堂の中、あるいは山の中のどこか自分の心が落ち着く場所で、ひたすら歩き続けるだけの日々。そこで私は、その場所を訪れるほとんどの者がきっと気がつかずにはいられないある一つの事実に出合いました。
それはすなわち、自分が「今ここ」を生きていない、ということでした。驚いたことに、私の目は今この瞬間のこの光景を見ておらず、私の想念はいつでもあてもなく飛び散り、私の心は妄想夢想に支配されていたのでした……。
タイの日本人僧の言葉
タイで出家し、日本人僧として生きるプラユキ・ナラテボー師はその著書で、自身の人生をもって体得した幸せのポイントは、『「遠き道を行く」のではなく、「今ここ」に気づいて生きることだった。灯台下暗し。幸せの青い鳥はたしかに一番身近なところにいた』とおっしゃっています。
青い鳥を捕まえるに20日間が短いのか長いのか、それはぜひご自身で体験していただければ。
文:田辺 なな
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